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住むの風景

山/津波ツアー レポート(1)佐古田晃朗

柴原聡子, 瀬尾夏美

山/津波ツアー レポート(1)佐古田晃朗

Photo: Teruaki Sakota

2024年3月23日 石巻

早朝、東京駅から東北新幹線に乗って1時間半、ひとまず仙台駅に向かった。普段は京都で生活していることもあって、ときどき訪れる関東(東京)はまだしも、東北というと、めったに訪れる機会もなく、ずいぶん遠い場所だという印象がある。実際、今回参加させていただいた「山/津波──東北の山と川と海をめぐるアートスタディツアー」で訪れる予定になっている石巻や陸前高田は通り過ぎたことがあるぐらいで、丸森にはこれまで訪れたことがなかった。

新幹線は問題なく仙台駅に到着し、そこで仙石線に乗り換えて石巻へ向かった。石巻までの約1時間、ぼんやりと外を眺めていたのだが、車窓に映る風景──とりわけ海沿いの、たとえば住宅が不自然に点在しているように思われる場所や、一帯の建物が無くなったかのように思われる場所──が、単に人口減少時代における地方の現実として生じたものなのか、あるいはかつての巨大な自然災害によって生み出されたものなのかわからなかった。少なくとも、この場所の来歴を知らない自分には判別ができないものだった。むしろ、衰退・縮小による地方都市の漸次的な変化と、自然災害による劇的で強制的な変化は、結果として似た状況を生み出すのではないかという考えが頭に浮かんでいた。両者の差異は、変化の速さにあるのかもしれない。そんなことを考えながら、今日は穏やかな三陸海岸の景色を眺め、のんびりと過ごしているあいだに電車は石巻駅に到着した。

山/津波ツアー レポート(1)佐古田晃朗

石巻へ

石巻駅でツアーを主催する柴原さんと瀬尾さん、旅人として参加する皆さん(学生や会社員、脚本家、アーティストなどさまざまな方がいた)、そしてツアーの3日間、長時間運転を担当してくださった一般社団法人NOOKの中村さん、礒﨑さんらと合流した。それでさっそく、おふたりの運転で震災遺構となっている石巻市立大川小学校へと向かった。

大川小学校への道のりは、旧北上川を越えて、現北上川をその河口へと向かって進んでいくものであった。北上川の広大な、そして奇妙に単純化された風景──建物、あるいはそれに類する人工物の少なさによるもの──に違和感を覚えながら、その奇妙さと震災遺構へと近づいているという事実が頭の中で結びついていった。そうしておのずと、この風景は自然災害によってつくられたものでもあるのだと理解されていった。それと同時に、この災害が、場所にも時間にも明確な切れ目を持たないことも感じられた。いったいどこまでの場所が災害による影響を受けているのか、あるいは現在もその影響下にあるのか、それらは決してわかり得ないことだった。

山/津波ツアー レポート(1)佐古田晃朗

現北上川沿いを河口へ

写真や映像資料では見たことがあったものの、実際に大川小学校を目の当たりにするのは初めてのことだった。津波で壊された建物の断片は、自然災害の圧倒的な力を物語りながら、同時に、人工物の脆さや不確かさを悲しいまでに示していた。

人工的につくりあげられた世界の外側には、どうにも対抗不可能な他性が存在する。それは悲しくて、やるせないことのようにも思えるのだが、受け入れなければならない事実なのだと実感した。また、壊された建物が残されていること、つまりは遺構の意義もおのずと理解された。これらを跡形もなく消し去ってしまっては、人工世界の外側に存在する意のままにならない他性が見えなくされてしまう、もしくは意識されなくなってしまう。災害の痕跡が目に見えて残っていること、それが重要であることはわかっていたのだけど、実際に訪れて、ほんとうに理解されたものだった。

大川小学校を訪れた後は、熊谷産業さんへと移動して昼食をとった。熊谷産業さんは北上川のヨシを使った茅葺屋根を専門とされており、倉庫利用されている建物の外壁は茅葺で仕上げられていた。外壁に茅葺を使った建物を見たのは初めてのことだったが、そのボテッとした可愛らしいフォルムと、ほどよく褪せた色合いが素敵なたたずまいを生み出していて、妙に愛着が湧く建物だった。

山/津波ツアー レポート(1)佐古田晃朗

熊谷産業さんの倉庫

昼食の後は、山田一裕先生(東北工業大学教授)と共に近くのヨシ原に移動し、震災以後のヨシ原の再生過程や、北上川のヨシの特性、あるいはヨシ原における生態系などについてご教授いただいた。ヨシ原の光景は驚くほど広大で、向こうに見える空と山、北上川、そしてヨシ原という明快で単純化された風景があった。

この単純化された風景という感覚は、このツアーを通して、陸前高田や丸森でも感じられたものだった。そうした風景が自然災害によって生み出されたのだとしたら悲しいものであるはずなのに、なぜか心が安らいでしまうものでもあった。そしてそれは、以前は存在したであろう人間的なスケールの世界がごっそりと抜けてしまっていることによる安らぎなのだと直感した。とうぜん、その場で口に出すことは躊躇われるのだが、確かにそういう感覚があったことをよく覚えている。

山/津波ツアー レポート(1)佐古田晃朗

北上川に広がるヨシ原の風景

ヨシ原を見学し、ヨシを使った笛づくりのワークショップを体験した後は、先に紹介した熊谷産業さんの倉庫で、友部正人さんと七尾旅人さんのライブを鑑賞した。夕暮れごろからぞろぞろと人が集まってきて、いつの間にか会場は満員だった。おふたりとも、とても素敵なライブをしてくれたのだけど、個人的には七尾旅人さんがカバーするトレイシー・チャップマンの「Fast Car」がとても印象的だった。残念ながらカバー音源は発売されていないようなのだが、機会があればこれを読んでくださる皆さんにもぜひ聞いてみてほしい。あるいはチャップマンのオリジナルバージョンでも。

そんな素敵なライブの後は「北上川テラス 七間倉」に移動して夕食をとった。ご用意いただいた素敵なご飯とともに、ツアー参加者の方が作ってきてくれたいちご大福をいただき、みんなであれこれと話をした。ツアーの3日間、訪れる場所のことと平行して、参加者同士で話を重ねて少しずつお互いのこと知っていくような経験をしたことも、貴重なことの1つだった。

夕食の途中、ふと建物の外に出てみると、街灯の光もほとんどなく、真っ暗な世界の中に川と山の気配があり、そして遠く向こうの方にかすかに海の存在が感じられた。そこで、このツアーで初めて怖さを感じた。それは、なにか得体の知れないもの、あるいは得体の知れない側面への恐れだった。それですぐに建物に戻って、明かりの下でみんなと安心して過ごした。

山/津波ツアー レポート(1)佐古田晃朗

真っ暗闇の中、向こうの方に海が感じられる

夕食の後は三陸海岸沿いを北上し、宿泊する「ながしず荘」へと送っていただいた。「ながしず荘」は三陸海岸に面した小さな可愛らしい民宿だった。真っ暗闇の中、この辺りにはどんな光景が広がっているのだろうかと想像し、わくわくしながら朝を待って眠った。