Scenes of New Habitations

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住むの風景

誰かの地元

朝岡英輔

誰かの地元

©Eisuke Asaoka

温さんが3歳で台湾から恵比寿に引っ越してきた頃、私も3歳で大阪から埼玉に引っ越した。埼玉の浦和という街で、東京には1時間も掛からず出れるのだけど、あまり機会もないまま大学生になった。大学は都内だったもののキャンパスが後楽園だった事もあり私にとっての東京とはせいぜい池袋までで、新宿以南は未知の土地だった。
最近、恵比寿にある東京都写真美術館で開催中の野口里佳さんの「不思議な力」展を観に行ったら別階で「新進作家シリーズ vol.19」が開催していた。そのスタートである「新進作家シリーズ vol.1」は2002年に開催され、22歳で大学生だった私は写真に興味を持ち始めたばかりで、「一般教養:美術」のレポートを書くために観に来た事を思い出した。平野正樹さんという作家の「Holes」「Windows」といった作品に感銘を受けた私は感動して会場を十周くらいしたのを覚えている。野口里佳さんの「新しい島」を観たのもこの頃だった気がする。筆が走って、レポートを規程の3倍くらい書いたら出席が足りないのに単位をくれた。
23歳の時に三軒茶屋に引っ越してからは、時折恵比寿を訪れるようになった。主にはギルティ、ミルク、(新宿から移転した)リキッドルーム、バチカ、ガーデンホールなどのライブハウスや音楽施設が目的だったけど、ここ20年くらいで恵比寿は「見知らぬ土地」から「時折歩く土地」になった。

誰かの地元

©Eisuke Asaoka

「住むの風景」第5回は温さんと柴原さんと、温さんの地元としての街・恵比寿を歩いた。見慣れた感のある道をはじめてのルートでショートカットしたり、一本隣の道を歩いたりしていると、景色が少しずれて見えるような感覚になり、今まで少し気になっていたけど撮らなかったものを撮ったりした。一緒にいる人に影響されて景色が新鮮に見えるのは、良い体験だ。歩きながら、そこかしこで教えてもらうエピソードの数々は、どれも些細だけれど豊潤で、幼少期や青年期を過ごした時間の濃密さが窺い知れた。誰しもきっとこうして思い出が続々湧いてくる場所があって(私はもちろん浦和や、一年だけ住んだ神奈川の座間だ)、そうした場所を地元と呼ぶのかもしれない。先を歩く温さんたちに、小学生の彼らが重なって見える気がした。

翌日、ラジオに出演した温さんは「おりこうさん」という自作について解説をした。温さんに近いと思われる立場の人物を主人公の妹にして、姉である主人公はそれを傍から見ているような設定になっている。立場の違う目から見た時にどう思うだろうかと想像した、との事だった。他人の目から見た世界を想像して書くのが小説というものかもしれないと思って、恵比寿を歩いている時に少し視界がずれたことで見えたものがあるのを思い出し、また随分前、小島くんと山の中の道を撮影している時に小島くんが昔の誰かの視点を追体験しようとアングルを探りながら「視点を変えたいんだよね」と言っていたのを思い出したりした。例え同じ時に同じ場所にいても人は見えるもの、見ているものが違う。また社会の中では人により他人からの反応がまるで違うという事がある。恥ずかしながら中肉中背の40代男性という自分が2022年の東京でどれだけ安全な景色を見ているか自覚したのは割と最近だ。最初にも書いたように、温さんと私は同い年で、温さんが台湾から恵比寿に越してきた頃、私は大阪から埼玉に越した。もといた場所が台湾か大阪かで、ここまで違う影響があるのか、と温さんの本を読むといつも思う。大阪からか沖縄からかでは大差ないだろうに、台湾からだと色々なものが変わってしまう。距離ではなく線を越えたかどうかで変わってしまう事があるのが、当たり前なのかもしれないけど、不思議でもある。

誰かの地元

©Eisuke Asaoka

柴原さんにソフィア・コッポラ監督「ロスト・イン・トランスレーション」でマイ・ブラッディ・バレンタイン「sometimes」が流れる美しいシーンを教えてもらう。この映画も、人間の立場の違いで見えるものが大きく違うことを描いている。実は、随分前に観た時は何だか苦手な印象の映画だった。描かれている日本が滑稽に見えた気がしたからだけど、たぶん日本人の視点からしか見えていなかったんだなとも思う。いま、もう一度視点を変えて――ボブ・ハリスたちの視点になって――観てみようかと思っている。久しぶりにマイ・ブラッディ・バレンタイン「loveless」を聴き返してみた。変わらず、儚く美しい。
ホテルエクセレント恵比寿でランチをしている時(私はハヤシライス大盛り、温さんと柴原さんはナポリタンを食べていた)最近温さんが毎朝観音経を聴いているとか、柴原さんがシンギングボウルを聴いているとか、自分もドローン音楽のCDを買った話などをしていて一体我々はどれだけ脳内のざわめきを落ち着かせるために苦心しているのだろうかと笑ってしまったのだけど、チョイスがそれぞれ少しずつ異なるのもまた良かった。観音経やシンギングボウルもプレイリストに追加してみようと思った。

誰かの地元

©Eisuke Asaoka