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住むの風景

歩く風景

20260326

「歩く風景」創作に寄せて

柴原聡子

「歩く風景」創作に寄せて

© Eisuke Asaoka

人の記憶は頭の中にあるのではない、それは風景の中にある——

人の目を通して記憶・記録される風景は、土地の歴史の蓄積であると同時に、個人の記憶を呼び起こすトリガーでもある。それは、過去と現在をつなぐ一つのツールだ。中でも「歩行」という、より個人の身体につながる運動を通して見る風景は、上空からの俯瞰とも、自動車や列車の車窓とも異なる、個人の思考やひらめきに直結するものとして、多くの創作や思索を生み出してきた。
東京をはじめとする東アジアの都市部においては、絶え間ない開発により、日本では約40年、中華圏になると早いところは20年ほどで建て替えられ、風景は短期間に変化する。これが、社会が土地の記憶を忘却することにもつながっていると言えよう。しかし、アジア地域は戦後から近過去まで激動の歴史を辿ってきた。とりわけ近隣の韓国では1987年に民主化宣言が発せられ、台湾では同年まで戒厳令が続き、その後急激な都市化が進んだ。だから、現在のように高層ビルが立ち並ぶ風景になってから30~40年しか経っていない。
このように、人々が絶え間なく移動し、グローバリゼーションにより生活様式や風景が均質化するなかで、個人はどのように土地に愛着を持ち、地域の歴史を継承・共有していけるだろうか。アートプロジェクト「歩く風景」は、この問いを、瀬尾夏美(東京)、温又柔(台北)、パク・ソルメ(光州)という、出自の異なる作家と共有し、思索するところから始まった。この三名に依頼したのは、日本と抜き差しならない関係にある韓国、台湾というルーツがあることはもちろん、それ以上に、彼らが「旅人」として複数の土地に関わりながら創作をしているからだ。

なぜ土地を語るのに「旅人」の身体が必要なのか。戦後80年の節目となった2025年、方々で叫ばれたように、歴史的な出来事の当事者が高齢化し、語れなくなる問題がある。その時、「土地の記憶」を誰が/何が継承するのか。当事者ではない誰かは語り継げるだろうか。もしかすると、「旅人」という少し距離のある立場こそ、いろいろな土地を実際に訪れ、風景を重ね合わせ、つないでいけるかもしれない。プロジェクトを進める中で、このことを何度も話し合った。そうして、プログラムは、作家たちに長く暮らしてきたのとは異なる場所を歩いてもらい、この四十年あまり(彼らが生きてきたのとほぼ同じ時間だ)の各地の風景とその歴史を、表現を媒介として語り継ぐことに決まった。

2025年の初夏から盛夏にかけて、温又柔が台北を、瀬尾夏美が釜山を、パク・ソルメが東京と新潟を訪問した。彼らが自らの身体に沁み込ませた風景は、それぞれの作品をお読みいただきたい。ただ、同行した私は、まったく違うアプローチで歩きながらも、彼らが歴史に触れる手つきに、ある種の共通点があることを感じていた。温の言葉を借りれば「宙吊り」のまま歴史の深いところへと分け入っていく、そんなイメージだ。土地から切り離された存在でありながら、その場所固有の風景を記録・記憶していくという、矛盾した作業である。突飛な喩えではあるが、私が大学時代に一番影響を受けたイギリスの建築集団アーキグラムが、1964年に発表したプロジェクト「Walking City」のイメージが浮かぶ。それは40階建てのビル相当の高さを持つ、巨大な昆虫のような形をした都市そのものが、国境のない世界を歩き回る荒唐無稽なアイデアドローイングだ。地政学を無視した60年代らしいユートピア的発想が窺えるが、地面から浮いて動く都市の姿は今見ても魅力的だ。各地を歩き、場所と出会ううちに、作家たちの姿が、この歩く都市のビジュアルに重なっていった。だから、「歩く風景」の英訳は「Walking Scenery」にした。風景は歩かないし動かない。しかし、地上と切り離された「旅人」たちが見聞し、語り直す風景はポータブルである。それは、また別の場所へと歩き、その土地の影響を受け、吸収し、変化しながら移動を続けることができる。各地の記憶を重ね、ある時は結んでいくこともあるかもしれない。実際、三者が紡いだ風景は、芸術という形をもって、海を介した三つの都市をつないでくれたと思う。

2025年12月には、三名による自作の朗読パフォーマンスを、写真家の朝岡英輔による旅の記録と共に披露するイベント「旅人のホームランド」を行った。上演後の作家同士のクロストークには、翻訳家で黒人神学研究者の榎本空をコメンテーターとして迎えた。彼の著作『それで君の声はどこにあるんだ?』(岩波書店)には、先述した非当事者が歴史を語ることへの葛藤が素直に書かれていて、このプロジェクトを客観的に評価してもらいたいと考えた。イベントではフリートークの形で語ってもらったが、榎本を含めた四者の間に、静かな響き合いが生まれていたことが印象的だった。彼もまた、歩く風景を紡ぐ人である。
創作は、土地固有の問題を浮かび上がらせると同時に、他者も共感可能なものにもなり得る。「歩く風景」は、旅人が歩きながら体に沁み込ませていく風景≒歴史を、芸術という形でまた別の人に送り届ける、ささやかだが確かな共有の方法へと育っていくだろう。

Credits

歩く風景

助成|公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京[スタートアップ助成]

[台北]
企画協力|服部美貴(国立台湾大学日本語文学科)
リサーチ協力|渡邊義孝、小山可奈子

[釜山]
リサーチ・企画協力|シン・ウンギョン
会場協力|corner theater、トタトガ
『二重のまち/交代地のうたを編む』上映 韓国語字幕協力|DMZ国際ドキュメンタリー映画祭(韓国)
日韓国交正常化60周年記念認定事業

[東京イベント]
会場・企画協力|株式会社ゴールドウイン「ゴールドウイン フィールドリサーチラボ」

「歩く風景」創作に寄せて

© Eisuke Asaoka